南蔵院 林住職のいい話 「かけがえのない命を生きる」
ジャーナリストで、作家でもある大谷昭宏さんが読売新聞の記者をされていたころ「窓」という欄を担当しておられた。
その欄にこんな内容の記事が載りました。
広島の女子高校生のA子ちゃんは、生まれた後の小児まひが原因で足が悪くて、平らなところでもドタンパタンと大きな音をたてて歩きます。
この高校では毎年七月になると、プールの解禁日にあわせて、クラス対抗リレー大会が開かれます。
1クラスから男女一人ずつ四人の選手をだして、一人が二十五メートル、全部で100メートル泳いで競争します。
この高校は生徒の自主性を非常に尊重し、生徒たちだけで自由にやるという水泳大会で、その年も、各クラスで選手を決めることになりました。
A子ちゃんのクラスでは男二人、女一人は決まったのですが、残る女1人が決まらなかった。
そこで、早く帰りたくてしょうがないそのクラスのいじめつ子が「A子はこの3年間体育祭にも出ていないし、水泳大会にも出ていない。
何にもクラスのことをしていないじゃないか。
3年の最後なんだから、A子に泳いでもらったらいいじゃないか」
と意地の悪いことを言いました。
A子ちゃんはだれかが味方してくれるだろうと思いましたが、女の子が言えば自分が泳がなければならないし、男子が言えばいじめつ子のグループからいじめられることになり、だれも味方してくれませんでした。
結局そのまま泳げないA子ちゃんが選手に決まりました。
家に帰りA子ちゃんは、お母さんに泣いて相談しました。
ところが、いつもはやさしいお母さんですが、この日ばかりは違いました。
「お前は、来年大学に行かずに就職するって言っているけれど、課長さんとか係長さんからお前ができない仕事を言われたら、今度はお母さんが
『うちの子にこんな仕事をさせないでください』
と言いに行くの。
たまには、そこまで言われたら
『いいわ、私、泳いでやる。
言っとくけどうちのクラスは今年は全校でビリよ』
と、3年間で1回くらい言い返してきたらどうなの」
とものすごく怒りました。
A子ちゃんは泣きながら、25メートルを歩く決心をし、そのことをお母さんに告げようとしてびっくりしました。
仏間でお母さんが髪を振り乱し、
「A子を強い子にしてください」
と必死に仏壇に向かって祈っていました。
水泳大会の日、水中を歩くA子ちゃんを見て、まわりから、わあわあと奇声や笑い声が聞こえてきます。
彼女がやっとプールの中ほどまで進んだその時でした。
1人の男の人が背広を着たままプールに飛び込みA子ちゃんの横を一緒に歩き始めた。
それは、この高校の校長先生だったのです。
「何分かかってもいい。
先生が一緒に歩いてあげるから、ゴールまで歩きなさい。
はずかしいことじゃない。
自分の足で歩きなさい」
と励まされた。
一瞬にして、奇声や笑い声は消え、みんなが声を出して彼女を応援し始めた。
長い時間をかけて彼女が25メートルを歩き終わったとき、友達も先生もそして、あのいじめつ子グループもみんな泣いていました。
この話を聞き、感動された方が「窓」の欄に寄稿されたのです。
「世の中で何か大事か。
人間として、していいこと、悪いことがある。
その区別がつく人間に育ってほしい」
ということをこの校長先生は身をもって実行されたのです。
A子ちゃんがどんなにかわいそうだと思っても、
お母さんが代わりに泳ぐことはできないし、
校長先生も代わりに泳ぐことはできないんです。
かけがえのない命というものは、人と比べることはできないし、
代わることができないんです。
ところが、私たちは、ともすると絶対的なものと比べて劣等感を持ったり、
優越感を持ったりするんです。
一人ひとりが自分の命の大切さに気がついて、
その命を、この世に還元して生きることを大切に考えるべきだと思うのです。
あなたは悔いのない人生を過ごしてきましたか?!
「旅立つ日」
必ず明日を迎えることを約束された人は、この世に誰一人いません
今、出来ることを大切にしまよう!
あなたが虚しく過ごした今日という日は
昨日亡くなった方が、あれほど生きたいと願った明日
一度きりの人生
何かやり忘れていることはありませんか?
子供の頃に描いていた夢は今はどうなっていますか?
諦めきれない夢はありませんか?
夢に向かって!
最後まで読んで頂きましてありがとうございます。