閉めない戸口

大切なことに気づく24の物語
中山和義氏著より

田舎

小さな村の小さな家に母親と娘が暮らしていました。

お母さんは日が暮れると、泥棒が来るかもと鍵をきっちり閉める人でした。

娘は母親のように田舎でうずもれてしまう生活にがまんできなくなって、

ある朝、

「お母さんへ 親不孝な娘のことはどうか忘れてください」

と手紙を残して都会へ行ってしまいました。

しかし、都会での生活は厳しくて、なかなか娘の思うようにはいきませんでした。
10年後、都会での生活に疲れた娘は、田舎に帰ってお母さんに会いたいと思い故郷へ向かいます。

夜

10年ぶりの帰郷でしたが、家は昔のままでした。
辺りはすっかり暗くなっていましたが、窓のすきまからはかすかな光が漏れていました。

ずいぶんと迷ったあげくに、娘はようやく戸口を叩きました。
けれども返事がありません。

思わず取手に手をかけると扉の鍵が開き、部屋に上がってみると、やせ衰えた母親が冷たい床の上に一人で寝ていました。

思わず娘は、母親の寝顔の横にうずくまると肩を震わせて泣きました。

その気配で気づいた母親は何も言わずに娘を抱きしめました。

しばらくたって娘は母親に、

「今夜はどうして鍵をかけなかったの。
誰かが入ってきたらどうするの」

とたずねました。

母親は優しい笑顔で娘に、

「今夜だけじゃないよ。
もしお前が夜中に帰ってきたとき、鍵がかかっていたら、
どこかに行ってしまうじゃないか・・
そう思ってこの10年間ずっと鍵をかけられなかった」

と答えました。


その夜、母娘は10年に時を戻し、鍵をきっちりかけ、
寄り添いながらゆっくり眠りにつきました。


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